Oct 24
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伝記「スティーブ・ジョブズ」を執筆したウォルター・アイザックソン氏が、ジョブズ氏がAndroidについてモバイルOSのアイデアを盗んだ”大泥棒”と評し、「残りの生涯を掛けて、アップルが銀行に持っている400億ドル(約3兆円)を全てつぎ込んででも悪を正す」と話したと証言しています。
Jul 03
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河合: 僕がよくいうのは、話の内容と、こっちの疲れの度合いの乖離がひどい場合は、相手の病状は深い、というんです。たとえば、こられた人が「人を殺したい。自分も死にたい」とかそんな話をしたら、しんどくなるのは当たり前でしょう。そうではなくて、わりとふつうの話をして帰っていったのに、気がついたらものすごく疲れている場合があるんです。その場合はもう、その人の病状は深い。

茂木: ほ〜、なるほど〜。

河合: それはやっぱり、こちら側が相手と関係をもつために、ものすごく苦労してる証拠ですね。話のコンテンツ(内容)は簡単なんですよ。それではないところで、ものすごい苦労してるわけ。

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東って、師匠分の柄谷に「批評の批評しかやったことがないから、小説が読めない。教養がない。語学力もない。これらは致命的な決定で、彼ら(東)がまともな批評家になれるわけがない」ってぶった切られて、あげく『批評家』って呼び方は嫌だから『作家・思想家』と呼んでほしいって言ってるんだぜ
Jun 29
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Jan 25
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オリジナリティに対する感性は富野由悠季の影響も大きいようである。ある時富野が講演で「昔職人を育てるには何時も本物だけを見せるようにしていた。そうすると特に何を教えなくても、本物と偽物の区別が自然とできるようになる。今のTVアニメは全て偽物なのだから、アニメを作りたい人間はアニメを見てはいけない」と語っていたのを聞き、実際に三年間アニメを見るのをやめてみた。そして改めてアニメを見てみると、それが全く面白くないばかりか、いったい何をやりたいのかすら分からなかったという。この経験から、河森は万人に対して真に訴える力を持った作品作りを深く考えるようになったらしい。
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《創作講座初級篇》

1.赤の他人に時間を使わせた上で、その時間は無駄でなかったと思わせること。

2.男女いずれの読者も応援できるキャラクターを、少なくとも一人は登場させること。

3.例えコップ一杯の水でもいいから、どのキャラクターにも何かを欲しがらせること。

4.どのセンテンスにも二つの役目のどちらかをさせること…登場人物を説明するか、アクションを前に進めるか。

5.なるべく結末近くから話を始めること。

6.サディストになること。どれほど自作の主人公が善良な人物であっても、その身の上に恐ろしい出来事を降り掛からせる――自分が何からできているかを読者に悟らせる為に。

7.ただ一人の読者を喜ばせるように書くこと。つまり、窓を開け放って世界を愛したりすれば、あなたの物語は肺炎に罹ってしまう。

8.なるべく早く、なるべく多くの情報を読者に与えること。サスペンスなぞくそくらえ。何が起きているか、なぜ、どこで起きているかについて、読者が完全に理解を持つ必要がある。たとえゴキブリに最後の何ページかをかじられてしまっても、自分でその物語を締めくくれるように。

2007-11-02 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

ヴォネガット創作講座。ストーリーを作るときに。

roamingsheep
hetaru (via plasticdreams) 2007-11-02 (via gkojay)

(via ultramarine)

(via otsune)

(via arihara) (via katoyuu) (via silverscythe)
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601 水先案名無い人 :2010/01/15(金) 12:48:22 ID:izoHxrOw0
若本規夫

セルの台本を自宅で読んで練習していた時、近所の子供が外から「出てこい、セル!」と言ってきた。
それを聞いた若本氏は窓を開け、「俺に吸収されたい奴は誰だぁぁぁ!!」
と返してあげた

Jan 16
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勉強で身に付くのは、「テクニック」だ。テクニックというのは、「誰にでも使える共有財産」。要は、無個性なものだ。絵もそうだけど、デッサンが整ったからといって魅力的になるとは限らない。むしろ、巧くなればなるほど、誰にでも描けるものになってきてしまう。
Jan 15
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山中 理系カフェって何です?

渡辺 理系男子と理系女子の皆さんが、白衣に眼鏡という格好で、お客さんに専門分野を語ってくれるという不定期イベントカフェがあるんです。私と福地さんはそこで知り合ったんですね。

福地 あのカフェは、自分と趣味が重ならない人と、どうやってコミュニケーションを取るかという実験の場でもあったのかもしれない。

山中 実験って。

福地 だってあれは、理系クンの専門分野のトークを面白がって聞くというコンセプトだったじゃない。自分の好きなことを話すのが相手にとってもいいだろうとは思うけど、かといって何か変なところ入り込んでいくと、独善的なつまらない話になってしまう。どれだけ自分のしゃべりたいことをしゃべりつつ、相手を楽しませるかという。

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『ネコをまともに描いちゃうと巨大な化けネコみたいになって恐いんです。それで耳を取っちゃえ、と。色はどうしようか。あれは学習雑誌で低学年対象ですね。それで最初のページはカラー印刷で始まるケースが多い。扉ページは地色に黄色が多くて、タイトル文字は赤が多いんです。そうすると赤と黄を除いたら、あとは青。それでドラえもんは青くなっちゃった』(藤子・F・不二雄)

 最後のは『ド・ラ・カルト』という本に藤子・F・不二雄の言葉として書かれていたもの。